家族
以心伝心に上乗せして
小学校低学年のときでした。急に寒くなったある日、お昼ご飯に家に帰ったら、父母が寒いだろう、さぞ寒かっただろう、コタツを作って待っていたんだと迎えてくれました。私は驚きました。私が知っている父母ではありませんでした。
2008年03月20日 23:24
父の遺産
私のコレクション…というほどではなく、好きで集めた器を見た人から「Namiさんは子供の頃からいいものを見て育ったのでしょう?お父さまがあえてそうなさったのですか?」と訊かれました。
2007年10月13日 19:13
手仕事の系譜
子育てに関わろうとしない夫には…
「夫が子育てに関わってくれません」
勇気を持って愛情の表現を
一方、私の親は勇気ある愛情表現をしてくれなかったのです。
いいかえれば、時代に左右されないで、お体裁をとっぱらったところで大っぴらに
「お前を愛しているよ」と表現してはくれませんでした。
2005年10月06日 23:57
74年かかってわかったこと
私の親は私を無条件に徹底的に愛していてくれた。
このことを私自身がワカルまでに七十四年もかかりました。
そんなに愛してくれていたのなら何故わからなかったのでしょう?
いま、思うと、こんなことではなかったかと…。
2005年10月04日 14:55
幼い日のこと
幼い日のことを少し書いてみましょうか。
私は昭和六年生まれ。ちょうど日本が満州国を建国した年にあたります。
幼いときの私は、おかき(あられ)が好きで、すき焼きが好きで、頑固で言い出したら聞かない子だったようです。
2005年09月26日 19:08
もう何もしなくていい
ちょっとご無沙汰してしまいましたね。
実は、8月中旬から京都で開かれた瞑想合宿へ行ってきました。
私はボランティアとして参加して、みなさんのお世話をするつもりでいたのですけれど、
マネージャーもやってほしい、といわれて目が回るほどの忙しさでした。
少しのんびりできるつもりだったのに東京にいるのと同じ(笑)
今回の瞑想で私は大切なことを知ることができました。
それは、父母がどんなに私を愛していてくれたか、ということ。
今まで私はどうにかして「認められたい」と、もがいていました。
何かをやらなければ。認めてもらうためには何事かを為さなければ。
そんな思いでずっと生きてきたように思います。
でも、瞑想が進むにつれ、父母の愛をはっきりと感じることができて、
わかったのです。何かをして認められようとしなくても、
私はあんなにも愛されていた、私という存在は生まれたときから愛され、認められていたのだと。
だから、私はもう、何もしなくていい。
自分自身のために何かをする必要はないのだと今は思っています。(続く)
2005年09月06日 14:11
